【アンコール劇場】武田幸三インタビュー「キックに命を懸けた男」

Dropkickアンコール劇場! 以前掲載された武田幸三インタビューをお送りいたします。キックボクシングにすべてを捧げた男の生きざまを見よ!

 

 

――武田さんの現役時代のドキュメントDVDを見させていただきましたが、武田さんの壮絶なキック人生と90年代からの格闘技界の歴史がよくわかる濃厚な内容でした!


 

武田 ありがとうござます! 長渕(剛)さんが編集から携わってくださり、題字まで書いてくださりました。
 

――長渕剛プロデュースですか! それにK-1から大晦日の川尻達也戦まで、ありとあらゆる格闘技興行の映像が入ってることにもビックリしました。


武田 はい。会社にいっぱいお金を出していただきました。
 

――吉本興行パワーなんですね(笑)。ラジャダムナンのタイトルを獲った伝説の試合ももちろん収録されてますが、デビューの頃はファイトマネーの安さに驚かれたそうですね。


武田 ボクがデビューしたときはファイトマネーが1万5000円でしたし。もらって初めて知りました。


――武田さんはお金を稼ぎたいと思ってキックを始めたわけですよね。


武田 そうなんですよね。家が凄く貧乏だったのでK-1でブランコ・シカティックが優勝して賞金2000万を獲得したのを見て「これだ!」という感じで。


――ほかのスポーツに目は行かなかったんですか?


武田 ラグビーをやってましたけど、それでは食えないというイメージがあって。アメリカンドリームの一攫千金じゃないですけどね、あのときのK-1にはそういうイメージがあったので。テレビを見た次の日にラグビー部をやめました。それで電話帳で自宅から一番近いキックボクシングジムを調べて。それが治政館だったんです。


――でも、実際は凄く大変な世界だったわけですよね。いまのようにいろんな事情を知っていたら、もしかしたらキックをやってなかったんじゃないですか?


武田 やってないのかな……。どうでしょうね、やってないでしょうかね。だってデビュー戦の控え室がカラオケボックスの一室でしたからねぇ。


――デビュー戦会場だった横浜の屋台村はプロレス興行もよくやっていたところで有名です(笑)。


武田 リングの横に焼き鳥屋があって。「ああ、これが現実なんだ……」ってもの凄いショックでした。ファイトマネーとして5000円とチケット2枚を手渡されて。


――実質5000円ですか!


武田 交通費や病院の治療代もあったし、もちろん赤字です。それは新人に限った話じゃなくて日本チャンピオンクラスでもみんなバイトしてますしね。


――それってキックボクシングがもの凄く大好きじゃないと難しいですよね。


武田 キックをやる理由は「好き」なだけですよ。で、一度、現実を知ってジムを飛び出したんです。ボクは「これでのし上がる」という確固たる目標がありましたからね。でも、飛び出して初めて師匠(長江国政)の自分にキックに対する思いを知って。ウチの師匠はキックボクシングに対する思いが一番強かったんですよね。一日24時間キックのことを考えてるっていう。だから「1万5000円でもいいや!」と思い直して出戻ったんです。


――そこで初めてキック馬鹿になれた、と。


武田 はい。たまたま電話帳で見つけたジムがそういうところだったのは、もの凄い幸せです。これは勝手な自分の考えですけど、もしも違うジムに行ってたとしても治政館に流れていってたと思います。飛び出したあとほかのジムをいくつか行きましたけど、それでも戻ったんで、どっちにしてもたどり着くんじゃないかなと思ってます。


――そこからのモチベーションは「打倒ムエタイ」になるわけですよね。


武田 「打倒ムエタイ」です。野球でプロ野球選手になるとメジャーを目指すって感覚ですね。発祥地であるムエタイでオレはどんなもんなんだろう?と。


――「打倒ムエタイ」というのはもの凄くハードルが高いわりには、報酬などの見返りは少ないわけですよね?


武田 そこはお金じゃなかったですね。やるからには一番を目指したいだけで。「ある程度、食えてればいい」と思ってました。バイトもずっとやってましたし、レストラン、キャバクラ、引っ越し屋もやりました。


――それ以外の時間はすべてキックに費やして。練習で失神や失禁するまで自分を追い込んで。


武田 ブラックアウトじゃないですけど、酸素を使いきるといきなりフラッとなるんです。そうやって自分を追い込まないと安心できないですし、最高の準備をして初めてお客さんの前に立てるわけです。追い込めば追い込むほど自分が安心しますし、「これでやっとお客さんの前に立てるな!」ってふうに思ってるから、追い込む度合いがどんどんどんどん強くなっていきました。


――それぐらい自分を追い詰めないと安心しないんですね。


武田 そうです。もともと臆病だっていうのもあると思いますし。師匠に「ちょっと休め」って言われるのが逆に勲章でしたね。そういうこと絶対に言わない人だったんで。それに30前後の歳になって体調不良で練習を休むのにわざわざ電話を入れるんですからね。そういうジムなので、逆に「ちょっと練習を休め」って言われることが凄く嬉しかったです(笑)。 

 

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