【キッズ・リターン】 小林聡・野良犬の哲学「選手もプロモーターも群れてちゃ面白くないんですよ」

ギスギスした男が帰ってきた!? 「野良犬」の異名で一時代を築き、引退後は全日本キックのGMとしてシーンを支えていた小林聡。全日本キック消滅後はキックから遠ざかっていたが、このたびKrushを主催するグッドルーザー運営のキックイベントZONEのGMとして現場復帰することに。ZONEの旗揚げ戦は11月9日(日)後楽園ホールで行われる。
現役時代はキックボクシングに拘りK−1に背を向け続けた小林聡。ZONEではどんな世界観を築き上げるのか。プロとしてのあり方やその哲学をうかがった(聞き手/橋本宗洋)

 

 

――小林さんは11月9日に始まるキックボクシングのイベントZONEのGM(ゼネラル・マネージャー)に就任されましたが、以前GMだった全日本キックが消滅して以来の現場復帰ですよね。

小林 そうですね。2009年の『野良犬電撃作戦』が最後の大会で5年ぶり。今回のZONEも「え? いま全日本キックの続きをやるの?」という反応が気持ちよくはあるんですよ。「はあ、いまさら何?」みたいな。

――そういう反応をされると逆にやる気が出るっていう。そこは小林聡らしいというか。

小林 他人と真逆を行きたがるのはダメなところではあるんですけど(笑)。そんな自分をおもいきり楽しんでますよ。ZONEをやることに対してムカついてるヤツもいると思いますしね。そうやって、誰かの感情をくすぐることは好きですし。

――5年も経つと格闘技界の景色もずいぶん変わってますよね。小林さんが現役を終えて、全日本でGMをやるようになった頃の大きなニュースというと、PRIDEが活動休止したのが2007年の4月で。

小林 PRIDEの最後の大会は観に行きましたね。『やれんのか!』はどうだったかなあ。

――PRIDEは会場まで観に行かれたんですね。

小林 PRIDEの広報やってた笹原(圭一)さんと繋がりがありましから。俺が現役のときにあまりにも「K-1に出ないのか?」という声があったでしょ。それで苦肉の策に走って「K-1じゃなくてPRIDEに出ます!」。

――ハハハハハハ! 

小林 それでホントにPRIDEに出ようと笹原さんと交渉してたんですよ。あの頃は何回もPRIDEの事務所に行ったなあ。『ハッスル』でRGのセコンドにつくという絵作りでも行ったし(笑)。

―― DSEにいちばん近かったキックボクサーでしたか(笑)。

小林 それで宮田(充、現Krushプロデューサー、当時全日本キックのスタッフ)さんもPRIDE事務所に行って話をするところまでいったんですけど。結局そのときはPRIDEの世界観ができあがってたから。いまさら立ち技の試合を入れるわけにはいかないみたいな感じで。

――「総合ルールだったら」という。

小林 そうそう。向こうは俺に総合しかやらせる気がないんです。そのために立ち技1枠を作るわけにはいかない。五味隆典vs小林聡とか言われちゃって、階級ぜんぜん違うのに。ボクシングの徳山(昌守)と五味がやるなんて話もあったけど。

――大晦日の噂のカードでありましたね。徳山さんはさらに階級が下ですけど、当時のメジャー戦線はそこらへんはけっこう雑で。

小林 それで笹原さん、俺の押しに弱って最後なんて言ったと思います? 「……小林さん、なんでK-1に出ないんですか?」

――ハハハハハハ! そこまで立ち技をやりたいなら。

小林 それを言われたら元も子もないんだけど(苦笑)。あの一言は効いたなあ。

――小林さんが「K-1に出ないのか」と言われていた時期って小林さんが注目されてた時期であり、K-1の全盛期だったじゃないですか。

小林 モロですよ。魔裟斗全盛時代だったから。俺のスポンサーからもしょっちゅう「K-1に出ないのか?」って言われましたよ。その葛藤との闘いでしたね。

――葛藤はあったんですか?

小林 スポンサーのおかげで生活してるわけでしょ。そのスポンサー10人中10人がそう言うわけですからね。

――やっぱりスポンサーとしても応援してる選手には目立ってほしかったんでしょうね。

小林 そうでしょ。純粋に「K-1で見てみたい」という気持ちじゃないですか。そんだけK-1は勢いのあるイベントでしたから。いま振り返ってみても、あの状況は凄く苦しかったですよね。やっぱり有名になってお金はほしかったし、モテたいし、そりゃあプロなんだから欲はありますよ。それがなくなったら「プロなんてやめちまえ!」って話で。だけど、それを踏まえたうえで「K-1ふざけんな!」という意地だけでやってたから。そこはホントにやせ我慢をしてたというか、K-1に出ない理由を作るのが大変でしたね。出る理由はみんなあると思うんですけど。

――出るときはなんとでも言えますよね。

小林 そこが大変だったなあ。いまの選手ってそういうリング外では、か弱いというか。ちょっとジムと揉めて干されるとやめちゃたり、すぐに離れたり。意地やたくましさがないから試合もおもしろくないんじゃないかなあ。

――小林さんがK-1に出たくなかったのって、あらためて考えるとどんな気持ちだったんですかね?

小林 なんなんだろうなあ……。

――ルールや階級の違いもあるんでしょうけど。

小林 それもあるけど。でもまあなんかイヤだったんですよ、K-1にケツを振るのは。あの頃はK-1に出る奴が多かったじゃないですか。たしかに「出ときゃよかったかなあ」という気持ちもありますけど。出ないことのほうが自分の財産として残ったと思うし。

――最終的に関わらなかった小林聡がいる、と。

小林 そこは胸を張って生きていけますよ、これからも。たしかにK-1に出てたら知名度は上がったでしょうし、スポンサーのつき方も違ったでしょうね。まあでもそこで出なかったから、いまこうして“全日本キックの続き”ができるんでしょうし。そういう意味ではK-1は俺のためにできた団体じゃないからっていうのはあるし。

――K-1の主役だった魔裟斗選手とは全日本キック時代に少しだけかぶってますけど、交流はあったんですか?

小林 魔裟斗がK-1で有名になったあと雑誌で対談したくらいかな。あたりさわりのない対談。

――あたりさわりのない対談(笑)。魔裟斗選手も、小林さんがK-1に出たら面白いと思ってたみたいですよ。

小林 体重10キロ違うでしょ(笑)。

――でも、無理やり階級を上げて出てる選手もいましたよね。

小林 そこまでして出たい気持ちもわかりますけどね。

――全日本キックを主戦場にして、キックボクシングに拘ってた佐藤嘉洋選手もK-1に出ましたよね。

小林 全日本キックでお互い意地を張ってやってきたところもあったんですけどね。だからあのときは佐藤くんに対して言いたくないことまで言いましたよ……。もうひとりの自分が「そこまで言わなくてもいいでしょ!?」って思ったけど、佐藤くんは同志だと思ってたから「ふざけんな!」っていう気持ちがあって。当然、周りのスポンサーも「あの佐藤も出たじゃないないか」ってなりましたし。

 

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